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自分という存在

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2006.03.30. 未分類

先日参加したセミナーで松井先生の講演でおっしゃってらした事をこないだ、祖父母の家に帰ってより実感した。
松井先生は、生命に対するリスペクトを忘れてはならない。
人が生まれて、自分っていう存在は数億分の1の確立。
ここに僕らがいるっていうこと、
それが素晴らしいことなんだと。
自分自身を認める。
自分が生命のすごさを認める。
今生きていることに根拠がある。
大丈夫!!
自分自身が不安だったら患者さんを良く出来ない。
生命の神秘を認め踏み出す安心感が大事だと…。
と、おっしゃってらした。
その言葉にすごい感動をしたのを覚えている。
先日、おじいちゃん、おばあちゃんの家に帰ったときのこと
おじいちゃんの戦争体験を聞いた。
おじいちゃんは、昭和13年から中国のほうに戦争で行っていたらしく、初めは陸上
部隊で激戦区にいかされそうになってた。
そんな時、上官に
「お前は車の運転ができるみたいだが本当か?」
と、聞かれ(おじいちゃんはその時代では珍しく大型車を運転できたので)
『はいっ!できます。』
と、答えたら、
「よし。それでは今から運転をお前がしろ。」
ということで、激戦区の手前まで大勢の日本兵を運んで降ろし、そこで待機して
けが人が出たらまた車を運転して戻って運ぶという任務をしていた。
そのお陰でひどい戦地へ行かなくてもすみ4年後日本に無事帰ってこれた。
日本に帰ってからおばあちゃんと出会い結婚をした。
が…、
結婚して間もない頃、すぐに2度目の召集令状がきた。
その時は、村から8人くらい一緒に召集がかかったそう。
もう日本には帰れないだろうと、そんな決意を秘めての出兵だった。
いざ、出兵して中国に行き現地についたとき、おじいちゃんは今まで病気をしたことがなかったのに急に高熱が出た。すぐに現地に駐在するお医者さんの診察を受けた所
診察結果から、他の兵に移る伝染病の可能性があるから戦いにいってはいけないという事になり、すぐに日本に帰された。
日本に帰ってからしばらくするとおじいちゃんは少しづつ回復していき元気になった。
その時は、近所の周りからかなり白い目で見られたそう。
それからしばらくして、おじいちゃんと一緒に出兵した人達全員が戦艦もろとも
海に沈み亡くなったと知ったそう。
その話を聞いたとき、僕は身震いがした。
そのような奇跡的な偶然がおじいちゃんに起きてなければ、今、ここに僕は存在していなかっただろう。
なぜなら、僕の母親が生まれる前のことだから…。
いくつもの絡みあった奇跡とも思える出来事があるからこそ今の自分が存在している。
その事に感謝をしたい。
まさしく生命に対するリスペクトをより深く実感した話だった。
自分が生まれたのには必ず意味があるはず。
幸せなことに僕は、自分の学んできた技術で人に喜んでもらえる治療家というありがたい仕事をさせていただいてる。
この仕事を通してこれからもどんどん技術もしかり、人間的にももっともっと勉強をしてたくさんの縁ある人達とつながっていけたら思う。
そこには必ず何か意味があると思うから…。

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